森岡亮太が移籍したアンデルレヒトとは①
先月の31日に、ワースラント・べヴェレンから、アンデルレヒトに日本代表MF森岡亮太が移籍したので、アンデルレヒトについて触れたいと思います。
今回アンデルレヒト@rscanderlecht に移籍することになりました!
半年だけでしたが、Waasland-Beveren @WaaslandBeveren はとてもいいチームでした!ありがとう!
またここから頑張ります! pic.twitter.com/PpfX1Xhbkk— Ryota MORIOKA/森岡 亮太 (@morsista44) January 31, 2018
リーグ優勝34回を誇るベルギーの盟主
EST-CE QUE J’AI PAS RAISON?
OUI TU AS RAISON,
ANDERLECHT ANDERLECHT ANDERLECHT CHAMPION! 🔥#COYM #D12M #CHAMPIONS 😈 pic.twitter.com/MpjimK0vay— De 12e Man – RSCA (@d12m_rsca) May 19, 2017
1908年にブリュッセル首都圏地域のアンデルレヒト地区をホームとする、ベルギーで35番目のサッカーチームとして設立されたRSCアンデルレヒト。1921年に1部リーグに初昇格。しばらくはエレベータークラブとして1部と2部を往復していたが、元アンデルレヒトの選手で、1945年にベルギーの醸造所「ベルビュー・ブルワリー」の社長に就任した、コンスタント・ヴァンデンストックがクラブを買収が転機となり、第二次大戦後の1947年に初のリーグ優勝を果たしました。以降、ベルギーリーグ優勝34回、ベルギーカップ優勝9回を誇る、ベルギーNo1の名門クラブです。
70~80年代では、欧州カップ戦でも随一のクラブで、1975-1976シーズン、1977-1978シーズンに、UEFAカップウィナーズカップ(1999年に廃止)、1982-1983シーズンにUEFAカップ(現UEFAヨーロッパカップ)を優勝しています。90年代以降は、ヨーロッパカップでの地位は低下し、UEFAチャンピオンズリーグに改名されてからは、未だに決勝トーナメントには進出しておらず、UEFAヨーロッパリーグは昨シーズンのベスト8が最高の成績です。
数々の名選手がプレー
#PaulVanHimst #Anderlecht (1964) #RSCA pic.twitter.com/rIGehCcKlH
— OldFootballPictures (@OldFootball11) January 6, 2018
ベルギー最多のリーグ優勝を誇るアンデルレヒトは、これまでに数々の名選手がプレーしています。代表的な選手は60~70年代にプレーし、8回のリーグ優勝をもたらした、FWポール・ヴァン・ヒムストで、467試合233得点を記録しています。現役引退後には、アンデルレヒト、クラブ・ブルッヘ、ベルギー代表で監督を務めています。1981年のアメリカ映画「勝利への脱出」に、ペレ、ボビー・ムーア、オズワルド・アルディレスらと一緒に、出演しています。
70年代には、黄金期のオランダを支えた名選手、ロブ・レンセンブリンク、アリー・ハーン、80年代にはベルギー代表の名選手、エンツォ・シーフォ、フランキー・ヴェルカウンテレン、ジョルジュ・グルン、オーストリアの名GKフリードリヒ・コンシリア、当時のデンマークのキャプテンのモアテン・オルセンらがプレー。90年代からは、元スウェーデン代表のMFパル・ゼッターベリが、キャプテンとして牽引。2000年代には2mを超えるチェコの長身FWヤン・コレル、元韓国代表のソル・ギヒョン、元カナダ代表FWトーマス・ラジンスキー、現在世界最多の代表キャップ数を誇る、元エジプト代表MFアーメド・ハッサンらがプレーしました。
2000年代からは若手選手も多数輩出しており、2003年には、今ではマンチェスター・シティとベルギー代表でキャプテンを務めるDFヴァンサン・コンパニ、2014年W杯にも出場したDFアントニー・ヴァンデンボーレ(TPマゼンベ)、FWロメル・ルカク(マンチェスター・ユナイテッド)などがプレー。国外の若手選手も多く発掘し、アルゼンチン代表のルーカス・ビリア(ミラン)、ニコラス・パレハ(セビージャ)、セネガル代表DFシェイク・クヤテ(ウェストハム)、セルビア代表FWアレクサンダル・ミトロヴィッチ(フラム)、コンゴ民主共和国代表DFシャンセル・エムベンバ(ニューカッスル)などがプレーしていました。
サッカーソングで有名なあの曲
アンデルレヒトといえば、この曲。元々は「Anderlecht Champion」という曲で、とある一人のサポーターが作りましたが、耳障りがいいフレーズだったために、今では世界中に広まりました。曲自体は長いですが、今ではスタジアムではサビの部分しか歌われません。かなり昔の曲なので、サビ以外の部分はアンデルレヒトのサポーターであっても、あまり覚えられていないようですが。
この曲、1989年のルーマニア革命でも歌われており、当時のルーマニアの独裁者、ニコラエ・チャウシェスクの演説を民主化を訴える替え歌としても歌われていたようです。
スタッド・コンスタント・ヴァンデンストック
ホームは、アンデルレヒトのアストリッド公園にある、26000人収容のコンスタント・ヴァンデンストック。国際試合では21000人収容できるスタジアムです。1917年に「スタッド・エミール・ヴェルセ」として建設されたが、改修された1983年に、元アンデルレヒトの選手で、当時の会長の「コンスタント・ヴァンデンストック」の名称に変更になりました。
国を代表するクラブとしては、スタジアムは小さく、毎年のようにスタジアムの移転を取り上げたニュースが挙がっていましたが、2019年からは2020年の欧州選手権が開催される、ヘイゼルにある、60000人収容のブリュッセル国際スタジアムへ移転する予定です。ロジェ・ヴァンデンストック会長は、「小さなアリアンツ・アレーナのようになるだろう」と話しています。
3月から新オーナーに
マルク・クッケ、アンデルレヒトを買収 https://t.co/JRWrf3RWh8 pic.twitter.com/T21MdGkQ4p
— シェフケンゴ (@shevkengo) December 24, 2017
1945年にベルビュー・ブルワリーのコンスタント・ヴァンデンストックが買収し、現在は息子のロジェ・ヴァンデンストックがクラブのオーナーを務めるアンデルレヒト。昨年12月20日に、ベルギーの製薬業オメガファーマの創業者で、現在はオーステンデのオーナーを務める、マルク・クッケがアンデルレヒトの買収を発表しました。
製薬業のオメガファーマで成功し、ベルギー随一の大富豪になったマルク・クッケ氏は、2000年代からスポーツに熱心な参入をしており、自転車ロードレースのロットのスポンサーシップ契約を締結。2012年には同国のクイックステップチームと契約。数々のタイトルを獲得後2013年8月に、1部に昇格したばかりのKVオーステンデを買収しました。
13億ユーロ(約1600億円)の総資産のクッケ氏は、オーステンデの買収後、ライバルチームから選手を多数引き抜き、2015-2016シーズンは5位、昨シーズンは4位と着実に順位を上げていました。オーステンデのオーナーを務めると同時に、財政難で苦しんでいた隣国フランスのリールOSCの第三株主なり、昨年にルクセンブルクのジェラール・ロペス氏に売却するまで、一時的に経営に参加していました。オーナーとして活動するのは、来月からになるが、2部が定位置だったオーステンデを、プレーオフで戦えるクラブに発展させた手腕が評価されており、ベルギー国内からも期待の声が大きい実業家です。
2019年にスタジアムが移転し、ベルギーを代表するクラブとして、更なる成長を期待されるアンデルレヒト。クラブが大きく変わる可能性があるこのタイミングで移籍した森岡亮太の活躍に期待したいものです。
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